家康が家臣たちを集めた時に突然「一番美味い食べ物とは何か」と尋ねた際に、他の者たちがそれぞれが答えをならべたのが、家康がそばで控えていた梶にも尋ねると、「それは塩です」と答えた。「塩がなければ味を調えられません」という意外な理由に一同が感心した。「では一番不味いものは何か」と梶に尋ねると、彼女は迷わずに「それも塩です。どれほど美味しきものでも、塩を入れすぎれば食べられません」と答えたという。
梶の聡明さを知らしめる逸話は数多く残る。後に創作され尾ひれがついたもの、あるいは他の側室の話と混同されているものなどあるが、いずれも家康がいかに寵愛していたかを証明するものとされる。
梶は関ヶ原の戦いおよび大坂の役にも男装して騎馬にて同行した。関ヶ原にて勝利した際にはそれを祝って「勝」と改名させたほどである。また、豊臣秀吉存命中に人質として大坂城に捕らわれたが、単独で脱出し騎馬にて家康の元に帰ったという逸話もあるが、これはさすがに創作であろう。
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梶が家康に寵愛された理由の一つに、その倹約家ぶりがあげられる。小袖をこまめに洗濯させて、新しいものを着ようとはしなかった。倹約して富を蓄えることこそ大切であり、それは天下の人に施すため、また子々孫々まで国の富が不足しないようにするためであると日頃から言い含めており、家康は駿府城の奥向きの大半を彼女に任せ、また金蔵の鍵すら預けていたとさえ伝えられるほどである。
春日局との関係では、駿府にいた家康に会わせ、家光が秀忠の後継となることを助けたという話がある。家康没後において、女性官僚として春日局と並んで最上位を占めた。婚姻の際の籠の順序は英勝院が春日局より先であり、徳川内でいかに丁重に扱われていたかががわかる。
梶は兄とされる重正の子である太田資宗を養子とし、譜代格として徳川秀忠に出仕させている。資宗は順調に出世し、徳川家光からの覚えも良く、六人衆(のちの若年寄)となり、さらには下野国山川藩15600石の藩主となる。奏者番などを歴任し、最終的には遠江国浜松藩35000石まで登りつめ、子孫は幕府の要職を歴任し、老中も出し、明治維新後には子爵となった。彼女は没落寸前であった太田氏を近世大名として、明治の世まで生き残らせたといえよう。
英勝寺は神奈川県鎌倉市にある浄土宗の寺院で、山号は東光山。現在も鎌倉唯一の尼寺である。徳川頼房や、徳川家光から庇護をうけ、はじめ玉峰清因(徳川頼房の娘小良姫)を門主に迎えて開基したこともあり、代々水戸徳川家の子女を門主に迎えていため、「水戸御殿」や「水戸の尼寺」ともいわれたいう。仏殿、祠堂、唐門、鐘楼などには葵の紋が見られ、いずれも神奈川県指定の重要文化財に選定されている。